君は飛火野耀(とびひのあきら)を知っているか 第3回『もうひとつの夏へ』

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君は飛火野耀を知っているか。
第3回目は氏の最高傑作とも言われる『もうひとつの夏へ』をご紹介いたします。

この小説は1990年、角川文庫のスニーカー文庫より発売されました。

既に30年も前の作品になりますが、当時この本を手にした方の多くが、いまだに鮮烈な印象を心にとどめているようです。

実際、現在確認できるレビューをあさってみると「もう一度読みたい」「夏になるとこの小説を思い出す」といった書き込みが多数。

読み手の心に深くしみ込み、その印象を強く残す小説『もうひとつの夏へ』。

その魅力について、3つのポイントで迫ってまいります。

1.予想を超えた『怒涛のSFスペック』

本作の表紙と挿絵は当時人気イラストレーターだった岡崎武士さんが担当。

この爽やかなイラストを目にとめて購入した方も多かったようです。

ところがその内容はというと、イラストからは全く想像できないようなゴリゴリのハードSF。

なんといっても物語の大筋が『2つの異なる世界線が不慮の事態により衝突し、消滅しかかっている危機』というもの。

そしてこの危機を回避するために主人公がとる手段が『ネット空間に魂をログイン』。

“世界線”や“ネットへの全人格アクセス”といえば、今でこそさまざまな映画やアニメの影響により創作上の共通言語として確立しておりますが、当時は相当マニアックな概念だったはず。

しかもそれらが主人公の目を通して語られる様子、例えば序盤の『別の世界線の重層』や、後半の『サイバースペースへの没入』は異様なリアリティ。

その迫力は今でも十分通用するどころか、むしろ斬新さすら覚える程。

実はこれらのメソッドは海外の一流SF作品のオマージュが織り込まれており、作中でもフィリップ・K・ディックやウイリアム・ギブソンといったSF界の大巨匠の名前が度々登場します。

フィリップ・K・ディックやウイリアム・ギブソンと言えばSF小説界では知らない人はいない程の金字塔的存在。

ただその存在は、当時はもちろん、今でも万人に広く知られているとは言えないようです。

本作にはこうした状況への憂いも濃厚に漂っており、どこか「若い読者に少しでも高次元のSF世界を愉しんでもらいたい」といった筆者の強い想いが込められているようにも感じられます。

結果として本作は 一見、青少年向けのラノベの様相でありながらも、極上のSFエッセンスを濃厚に取り込んだ、なんとも不思議な読み応えのある作品となっているのです。

2.心に降り積もる『喪失の世界観』

本作は上下巻の2部構成となっております。

まず上巻部分にあたる前半では、主人公達たちは“本来見えないはずの並行世界”が重複しているのを体感し、その謎を巡る冒険ミステリー調に物語が進められます。

そして下巻部分となる物語後半で、主人公達は重なり合う『もう一つの世界線』へと旅立ち、そこで驚愕の世界を目の当たりにするのです。

特筆したいのは、そこで描かれる『もう一つの世界』。

そこは様々な文明が消失しつつある世界。そして深い哀しみに包まれた終末の世界。

場所は同じ東京ではありますが、その世界では戦後の歴史が大きく分岐しており、ことごとく悲惨な時を刻んでおります。

大地震、そして長く続く国内紛争により都市は崩壊、さらに一時的に世界中で蔓延したウイルスにより人口が激減、国際社会も政府も機能を失った状況…。

なにより哀しいのは、人類がウイルスの影響により生殖機能を失ってしまっていること。結果、人々は未来への希望を失い、刻々と迫りくる世界の崩壊を静かに受け入れているのです。

荒廃した未来社会を描いた創作は数多とありますが、それはたいてい核戦争や機械文明による支配、または大規模な地殻変動や気候変化など、ダイナミックな外部要因によるものが多く、本作のような“どうしようもない衰退”を描いている作品はあまり例を見ないように思います。

人類が静かに衰え、先細り、そして静かに消えてなくなってゆく物語。

この感覚はなかなか他に味わえるものではなく、本作品が独特の存在感を放っている理由の一つなのではないかと思われます。

3.分類不能、読み手を魅了する『唯一無二の存在感』

先に述べた通り、本作品は角川書店のスニーカー文庫として発売されています。

スニーカー文庫といえば同社の青少年向けライトノベルの代表的レーベル。

つまりこのもうひとつの夏へは若い読者層を対象にした、今でいうところの“ラノベ ” に位置付けられています。

実際、文章はことごとくかみ砕かれ、流れるように読み進めることができ、登場人物の設定などもあえてティーンエイジャーを配し、活劇調にすることで若い読者がよりとっつきやすい物語となっています。

しかしその内容はこれまで述べてきたように、当時にしては異質な程のハードスペックSF。

そして同時に、えも言えぬどうしようもない喪失感を漂わせながら、です。

これは本当にすごいことで、普通であれば重厚になりがちな設定やテーマを、誰でも分かりやすい形で、若者向けにさらりと書き流す実力はただごとではありません。

結果として本作はSF小説でもあり、青春小説でもあり、純文学でもあり、ライトノベルでもありながら、そのどれでもないという、一種独特の形容しがたい存在感を放ち、読み手の心を鷲掴みにするのです。

ちなみに文中に折々記される趣味嗜好、たとえばカール・テオドール・ドライヤーの映画とか、ジョスカン・デ・プレの楽曲とか、トマス・ピンチョンのペーパーバックとか…

どれもこれも“本格を超えた本格“というか、ことごとくガチ。これは彼らの名を少しでも知っている人であれば分かるはず。

飛火野耀氏…、いったい何者なのでしょうか。

いやしかし本書のプロフィールを見ても、相変わらずさっぱり分かりませんが…。

まとめ

というわけで幻の作家、飛火野耀氏の傑作「もうひとつの夏へ」をご紹介してきました。

読み手の心にぐっと入り込み、いつまでも余韻を残す名作。

ただ残念なことに本書は既に絶版されて久しく、今では入手困難な希少本の部類にとなっています。

新たな読者に読まれる可能性も低く、このままでは月日とともに堆積する歴史の中で埋没してゆくのではないかと危惧されます。

これほどの作品が人知れず失われてゆくのはあまりの損失。

特にラノベ全盛の今でこそ、その価値は再評価されるべきだと思います。

なかなか手に入らない代物となりつつありますが、大きな図書館であればたいてい所蔵しているでしょう。

書かれた時代的背景が今と異なりますので、若干の違和感は感じられるかもしれませんが、それでも読んでいただければきっと、この小説が放つ“埋もれるべきではない何か”を感じ取っていただけると思います。

是非、多くの方にその存在を知っていただき、ゆくゆくは復刊という形で脚光を浴びることを切に願います。

◇もうひとつの夏へ(上)
◇飛火野耀(著)/岡崎武士(挿絵)
◇1990年
◇角川スニーカー文庫
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◇もうひとつの夏へ(下)
◇飛火野耀(著)/岡崎武士(挿絵)
◇1990年
◇角川スニーカー文庫
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引き続き飛火野耀作品、続いては氏のセンスが爆発した怪作『UFOと猫とゲームの規則』に迫ります。

乞うご期待。

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