松本零士の『闇』に怯えた戦慄のひとコマ
松本零士さんといえば日本を代表する漫画家の一人。
銀河鉄道999、キャプテンハーロックなど、その作品の数々は世界中に愛され、影響力は計り知れないとされております。
そんな松本零士さんの作品の中で、個人的に最も衝撃を受けたひとコマをご紹介いたします。
それがこちら。
セリフも凄まじいばかりですが、なにより男の後ろに控える家族の人たちの凛とした表情。
家族そろって死を決めたこの一コマには、異様な不気味さが漂います。
これは松本零士さんの代表作『銀河鉄道999』からの一コマ。
『銀河鉄道999』は主人公である『星野鉄郎』が、謎の女『メーテル』に導かれて宇宙を旅する物語。
鉄郎は数多くの惑星に降り立ち、数々の社会と、そこに生きる人々と出会いながら旅を続けます。
このひとコマはそうした惑星のひとつ、『花の都』でのエピソードによるもの。
銀河鉄道999が惑星に降下すると、そこは花でいっぱいに覆われた世界。
車窓を眺める鉄郎も、おもわずテンションが高まります。
ところが滞在中、この惑星中の花々がすべて燃やされるという事件が勃発。
大地を覆う花という花が炎に包まれ、業火はあっと言う間に惑星全体を覆い尽くします。
そして彼らが花に火をつけた犯人、「ファミリー・マグネトリューム」。
彼等の家に連れて行かれた鉄郎は、そこで衝撃の事実を知らされます。
と言うのも、この惑星を覆う美しい花々は全て毒の花だったとのこと。
そのせいで惑星の住人たちは不便な生活を余儀なくされ、病人も増え人口も減る一方。
でもその毒花は、惑星を開拓した先人達が植えた大切な大切な花。
手をかけることは法律で固く禁じられており、違反者は死刑。
人間よりも花の方が大事、それがこの星の掟。
そんな異常な社会を正すべく、彼らは惑星中の花という花に火をつけ、焼き払うという行動に出たのでした。
しかし花に手をかけた人間はこの星の法律で死刑。
なのでこの一家の行動は、あらかじめ死を承知の上なのです。
そして彼らの精悍な表情を描いたこのコマ。
一週間後、自由に息ができるようになった大地で人々は喜びあいます。
でも彼らの死刑は免れません。
結局彼らは、自分たちの住居である地中に密閉されるという末路に終わるのでした。
この物語を読んだ時、僕はまだ小学生。
何かとても恐ろしいものを読んでしまったような気がして、ひどくショックを覚えました。
こんな社会も怖いし、死刑になるのも怖い。
なによりむしろ当時子供だった自分としては、父親の信念に巻き込まれて死刑になってしまう子供のほうに一番の恐ろしさを覚えたのです。
正義の為に殉ずる物語は沢山ありますが、“家族そろって”という設定はなかなかないのではないでしょうか。
ことの善悪はともあれ、 この“家族そろって死刑”というところに、私は何か計り知れない凶暴性を感じとってしまったのです。
この家族の行動を見て、メーテルは何も言いません。
惑星を去る車中、二人はこんな会話を交わします。
「これで新しい無害な花の種でもまいて、この星は本当の楽園になる…のだろうか?」
「300年も毒の花を始末できなかった星だものね、別の問題で100年や千年はあっという間にすぎて、結局は滅びる星かもね。」
銀河鉄道999には数々の物語があり、その中には社会が抱える問題や理不尽を痛烈に風刺したものも沢山あります。
そうしたエピソードの中でもこの話は異色中の異色。
惑星全体に燃えさかる美しい花の中で、正義とは何かを問う問題作。
物語のタイトルは『心やさしき花の都』。
表題も内容も、2重、3重の皮肉を秘めた底知れないストーリーは、心に強烈に突き刺さり、いつまでも残り続けます。
松本零士さんの作品を読み解く中では必読の一編です。
【DATA】銀河鉄道999『心やさしき花の都』は 小学館ビックコミックスゴールド版:第9巻/小学館業書版:6巻 /少年画報社ヒットコミックス版:11巻/に収録
ちなみにこのエピソード、アニメ版の方は大きく改変がなされており、無理のない物語どころか全く逆の感動的なストーリーになっております。
銀河鉄道999のアニメは松本零士さんも深くかかわっていたので、子供向けに放映するテレビ番組としては「さすがに…。」と自ら思うところがあったのかもしれません。
こちらも合わせて視聴してみると面白いかもしれません。
【DATA】アニメ・銀河鉄道999『第70話 心やさしき花の都』
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