君は飛火野耀(とびひの あきら)を知っているか 第5回『イース2異界からの挑戦』

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『イース2異界からの挑戦』は1992年に角川スニーカー文庫より発売された小説です。

『イース』といえば30年に渡ってシリーズ化され、いまだ人気の衰えることのないARPG(アクションロールプレイングゲーム)の名作。

特にその2作目となる『イースⅡ』は前作の物語に続く冒険の最終章として、絶大な人気を博しました。

なので、このタイトルを冠した本書『イース2 異界からの挑戦』には大きな期待を膨らませた人も多かったはず。

ところが実際この小説の中身はというと、ゲームでいうところの『イースⅢ』の設定。

オリジナルのゲームを知っている方からすればこの時点で大きく困惑するところですが、では『イースⅢ』だと思って読み進めてみると、それはそれでストーリー超大胆にアレンジされており、さらにより一層深いレベルの困惑を抱えることになてしまうのです。

つまりこの小説、オリジナルのゲームへの思い入れが強ければ強い人ほど頭に入りにくいという不思議な性質となってしまっているのです。

ただ、『イース』というゲームはその世界設定への没入感が魅力の一つであるため、おそらく本書を手に取った人はほぼ間違いなく『ゲームへの思い入れが強い人』であったと想像され、結果、当時この本を読んだ人がほぼ全員困惑したと考えられます。

中にはこの小説を“ 悪しき思い出 ”として記憶の闇へと葬り去った方も多かったはず。

でも実際この小説が「イース」寄りかどうかということを抜きにして、一個のオリジナル小説としてみるならば、これはこれで非常に優れた冒険ファンタジー作品なのです。

実際その優れたポイントを3つの観点でご紹介いたします。

1:冒険ファンタジーらしからぬ、ガチな『青春』感

もともとこの小説のタイトルが「イース2」となっているのは、衝撃的名著「イース 失われた王国」の続編として位置付けられている為。

したがって、その物語設定は前作「イース失われた王国」の数年後の世界。
そして本作の主人公アドルは、前作「イース失われた王国」で活躍した勇者・アドル・クリスティーンの息子という設定。

前作の初代アドルと違い、2代目は剣の腕もたち正義感にあふれた勇敢な青年。しかし、偉業を成し遂げその後も数々の冒険談を残す伝説的英雄となった初代アドルの息子として、どことなくコンプレックスを漂わせます。

街をゆけば父の名前ばかりが往来を飛び交い、自身の名前を告げようものなら揶揄される。偉大な勇者の子として様々な風評にさらされながらも、まだ見ぬ父の名に恥じぬ勇者であろうとする2代目アドル・クリスティーン。

その姿は実に高感度良く描かれており、ほのかにつきまとう父親へのコンプレックスも手伝って、ついその行く先を追いかけていきたくなるような魅力にあふれています。

前作「イース 失われた王国」でも初心な若者の心の成長がテーマの一つとなっていましたが、そのテイストはしっかりと継承。

単なる冒険ファンターとしてだけでなく、真面目な青春小説としての読みごたえも十分発揮されております。

2: 冒険ファンタジーらしからぬ、ガチな 『 SF』感

本作のラスボスはゲーム同様ガルバランという魔物。

ただその実態はゲームと異なり、“地球外生命体”という設定として描かれております。

全宇宙の敵として描かれるそのフォルムは実に変容。

意志と知性を持ってはいるが、地上のどんな生物とも違って、どこまでも冷たく無慈悲で、ただむやみに増殖し、ありとあらゆる生きているものの中に入り込み、支配しようとするおぞましいもの。(本文より)

いやほんと、人類の敵として絶対に巡り合いたくないレベルの凶悪さ。

そしてこのガルバランを倒した後、アドルはこの魔物と何万年に渡って戦ってきた存在と邂逅し、時空を超越した対話をすることになるのですが、その内容は完全にSF作品のそれ。

地球外生命体とか時空を超えた対話とか…、かなり予想の上からくる展開ではあるのですが、うまく世界観に溶け込んでいて、それほど違和感はありません。

結果としてこれらの要素が本作を通常の冒険ファンタジーにとどまらないような不思議な印象を残す要素となっているのです。

他にもSF的要素として描かれるものとして『村人全員がよく似た他人と入れ替わっている現象』があります。何から何まで同じ人間なのに、他人としか思えない不気味さ。

これは本作のあとがきにも触れられていますが、 昔の海外SFホラー作品の名作からのオマージュ。「もうひとつの夏へ」でも描かれていた筆者の並々ならぬSF愛はここでも深く込められているようです。

3: 冒険ファンタジーらしからぬ、ガチな 『哲学』感

最終的に物語はガルバランを倒すことで決着となるのですが、同時に物語の背景部分に横たわっていた謎がすべて解明されます。

UFOと猫とゲームの規則」もそうでしたが、氏の作品は終着が見事で、物語の核心部分に込められたメッセージが最後の最後で気持ちがよいほど鮮明に洗い出されます。

しかもそこで説明される内容は実に壮大。

…我々はみな、ある大きな絵柄の中のごく小さな一部分を構成しているに過ぎなくて、その絵の全体を見ることもできなければ、その絵を誰が描いたのかを知ることもできない。ただ、自分に割り当てられた時と場所で、与えられた役目に最善を尽くすことが出来るだけなのだ…

…きみの父親は、今はもう、風や土や水や、木や草やけものたちや、曽於の他あらゆるもの、あらゆる命の中に広がって、少しずつ、いたる所に存在している…

読み手の心をぐっととらえる力強いメッセージの数々は、たんなる冒険ファンタジー小説ではない、哲学的な深淵さをも感じさせます。

終わり方も素晴らしく、全てを解決した後で村人に祝福されながらも颯爽と次の冒険に向かって去ってゆくラストシーンは実に清々とした余韻。

本来ゲームのノベライズでありながら、青春小説でもあり、SF小説でもあり、哲学ファンタジー的な要素もあり、最終的には実に気持ちの良い快さを感じさせる秀作。

これほどの作品を描ける飛火野耀氏、いったい何者なのか…。

いやしかし、プロフィールはやっぱり謎のまま…。

まとめ

これだけの魅力にあふれた小説ですが、その分量はわずか200ページ程。ちょっとすれば短編作品と言ってもいいレベル。

短くまとまっていながらその読み心地は素晴らしく、高いクウォリティが伺える作品。
本来ならばもっと幅広い若者読者に読み伝えられてもいいのではないかと思うのですが、いかんせん「イース2」というタイトルである以上、読者層が特定されてしまうのが残念と言えば残念。

しかもその読者の多くが、おそらく本作を文学的に正しく評価をしなかったであろうことを考えると、非常に無念を感じてしまいます。

ですが、ゲームのストーリーに準じていようがいまいが、良いものは紛れもなく良い!

そういう観点できちんと評価されてほしい作品です。

イースⅢが世に出たのは1991年。今であれば当時のストーリーをきれいに忘れてしまった方も多いでしょう。是非、オリジナルの小説として楽しめるのではないでしょうか。

本書は既に絶版して久しい作品ですが、古本として残念な程容易に入手できます。

◇イース2 異界からの挑戦
◇飛火野耀(著)
◇1992年
◇角川スニーカー文庫
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ちなみに先に説明した古いSF作品とは、1955年にアメリカで発表された『盗まれた街』。SFホラーの金字塔的作品でかなり怖いです。本作「イース2」で取り扱われている仕様はそれよりもだいぶ優しくアレンジされており、個人的にほっとします。

さて、つづく第6回目は飛火野耀氏最後のゲームノベライズ「エメラルドドラゴン」に迫ります。

→〈君は飛火野耀(とびひの あきら)を知っているか 第6回『エメラルドドラゴン』

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