君は飛火野 耀(とびひの あきら)を知っているか
『飛火野耀(とびひの あきら)』という小説家を聞いてピンとくる方は、
“1980年代に少年だった人”
かつ
“ゲームが好きだった人”
がほとんどでしょう。
というのもこの飛火野耀氏、1980年代後半に大人気となった、あるゲームのノベライズを執筆していたからです。
そのゲームとは、アクションRPGの金字塔的名作「イース」。
そしてその「イース」を初めて小説にしたものが、氏の代表作にして“衝撃的名著”『イース 失われた王国』です。
飛火野耀という小説家を語るにはその著作『イース 失われた王国』について語らなければなりませんが、 『イース 失われた王国』を語るにはまず『イース』というゲームについて説明しなければなりません。
◇
イースとは、1987年に日本ファルコムより発表されたARPG(アクション・ロール・プレイング・ゲーム)。
RPGとしてのシステムに、アクションゲームの切れ味を融合させたそのスタイルは非常に洗練されており、その後世代を超えて続く名作シリーズになりました。
特にこのイースというゲームは世界観の完成度が素晴らしく、伝承や歴史的背景といったファンタジー要素が細部にわたり編み込まれ、それらがゲームを進めるにつれて一本に集約されてゆく様は、まるで壮大な大河ロマンのような迫力があるのでした。
もともとはパソコンゲームとして発売されましたが、ファミコン版として移植されたものも非常に完成度が高く、私もその世界観にどっぷり耽溺。
なので、近所の本屋でそのタイトルを冠した小説 『イース 失われた王国』 を見つけた少年けんこやはテンションが跳ね上がります。
◇
やった、ついにあの名作イースが小説になった!
あの冒険を、小説の形で体験することが出来るぞ!
ゲームであれだけ面白かったのだから小説でも当然面白いに違いない!
たっぷりの期待と興奮とともに、少年は即刻 『イース 失われた王国』 を手に取ります。
ところがいざ読み始めるてみると、衝撃の展開に少年の心はあっという間にへし折れてしまうのでした。
◇
というのも、少年が求めていたものはゲームのまんまの物語だったのです。。
ゲームと同じ世界観やストーリーを、ただ小説の形でなぞっていければよかったのです。
ところがこの 『イース 失われた王国』 は、一応、6冊の本を集めるという目的や登場人物名やゲーム上の地名などは同じであるものの、主人公を取り巻く人間関係や物語は全く別物、時に登場人物の性別まで異なっていたりするのです。
即ちこの小説、イースというゲームの表面的な外枠を用いた、完全オリジナルのファンタジー小説だったでした。
「なにこれ、ゲームと全然違うじゃん…。」
その失望は少年にとって大きく、まるで外観が似ているだけの偽物をつかまされたような気持でいっぱいになりました。
さらに読み進めれば読み進めるほど、少年の心はボロボロに打ち砕かれてゆきます。
少年はカッコイイ小説が読みたかったのでした。
カッコイイ主人公がカッコよく剣を奮い、カッコイイ敵をバッタバッタと倒しながら、カッコよく世界に平和をもたらせる。
そんな、剣と魔法の冒険ファンタジーに憧れていたのでした。
ところがこの小説に書かれているものは、そのどれにも当てはまらない、生々しい現実しかありません。
無様な主人公、みじめな青春像、極限に迫る死の恐怖、虚偽と謀略…。
それらが活字の中からグイグイと押し寄せてきて、少年の心の中にずぶずぶと入り込んでくるのです。
さらに少年にとってまだ幻想のはるか彼方だった快楽についても、まるで鼻孔の中をくすぐられるような艶めかしさがあり、もう何がなんだかわけが分からなくなってしまいます。
実際、それは飛火野耀氏の圧倒的な筆力による賜物であり、同時に少年が生まれて初めて体験した『文学』への畏怖と戦慄の凄まじさに他ありませんでした。
ところが少年はその心の動揺を頭で整理することが出来ず、ただそのわけの分からない思いを、すべて怒りへと転化させてしまったのです。
即ち「僕の大好きなイースの世界をこんなにぐちゃぐちゃにしやがって!」と。
以来この 『イース 失われた王国』 は少年に読み返されることもなく、誰かに勧められることもなく、棚の奥底にしまわれたまま永い年月を過ごすことになります。
かといってその一冊が少年の記憶から完全に忘れ去られることもなく、杭のように打ち込まれたトラウマの数々が、ふいに、にょきっと顔をだすことも度々あったのですが…。
◇
そして月日は流れ、その後少年は大人になり、家族を持ち、そして我が子の成長に想いを馳せるようになります。
そしてふと、自分が子供の時に出会った本を思い出したのです。
ああ、そういえば昔読んだイースの小説がなかなか凄かったな…と。
そして数十年ぶりに手に取った、色あせた背表紙。
長年の時を超えての再読。
そしてそれは、予想をはるかに超えた素晴らしい作品でした。
これほど素晴らしい作品を、素晴らしいと感じとることができなかった自分が情けなくと思うほどの、素晴らしい作品。
昔の作品を再読すると意外な良さに気づかされることはよくある話ですが、この『イース 失われた王国』ほど再読のギャップを感じるものはなかったことかもしれません。
作品のレビューは別途アップしますが、 いやしかし 、これほどの作品を描くことができる飛火野耀氏とは一体何者?
と、プロフィールを見ると…
何者なのか全くわからん!
ファンタジー小説家はこのぐらいのハッタリを効かせるのが正解だろうと言う点において、まるでお手本のような見事な経歴。
さらにその消息は1990年代後半に途絶え、現在では一切謎に包まれているとのこと。
ここまでミステリアスだと神秘性すら感じてくるもので、可能な限り氏の作品を集めてみました。
いずれも力強さを感じる作品ばかり。
このまま氏の名前をファンタジー小説界に沈殿させてしまうにはあまりにも惜しい!
というわけで今後このブログでも飛火野耀氏の作品をすこしずつ紹介していきたいと思います。
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それにしても飛火野耀氏、一体今、どこでどうされているのでしょうか。
ご存命であれば作家として円熟の域。
願うことならば是非、氏の新作に出会える日を心待ちにしております。
コメント9件
飛火野耀氏について調べていると、このブログに辿り着きました。私は神様が降りてくる夏を中学生の時に読んで衝撃を受けたたちです。けんこやさんの愛情こもったレビューを読んで、もっと他の本も読みたいと思いました。
ところで、さらに氏について調べていると、興味深い記事がありましたので、読んでいただけると幸いです。
https://note.com/maturiya_itto/n/n8f43bdf49027
肝心のURLを貼り忘れていました。こちらです。
けんこや様
はじめまして。
飛火野先生の「イース」、自分も昔読んだきりですが、結構ドロドロモヤモヤなのに読後感が爽やかだった記憶があります。
また読み返してみたくなりました。
もうひとつの夏へと神様が降りてくる夏は古本屋を昔探したものの見つかりませんでした。今はネットの時代だし、また探してみようか…
いいコラム、ありがとうございました。