アニメを馬鹿にしていた40代男性が「魔法少女まどか☆マギカ」を見たら涙腺が大崩壊
「魔法少女まどか☆マギカ」については以前から学生時代以来の友人より強く勧められていました。
しかし、いかんせんタイトルと絵面が趣味に合わないように思い、酒の席で熱弁をふるう友人に対して、
「おやおや、君も僕も妻子を支える立派な社会の一員だらう、まほうしょうじょなんぞに夢中になるとは、仕事のし過ぎで愈よ愈よ頭がおかしくなつちまつたのかい?」 と、まったく取り合う気も有りませんでした。
それでもしつこく勧めてくる友人に対して、
「いい加減にし給へ!君も常識ある社会人ならば子供じみた漫画動画に現を抜かしている場合かね!しっかりしてくれ給へ!」 と一蹴。
以来、 「魔法少女まどか☆マギカ」 のことはしばらく意識の外に遠ざかっておりました。
ところが先日、深夜に何気なくテレビをつけていると凄い画像が目に入り、思わず釘付け。
萌え絵の少女達の日常が突如暗転し、極彩色の禍々しさに彩られてゆく。
それはまるで凶暴なシュールレアリズム、悪夢感満載の地獄絵巻。
なんじゃこりゃ!と思って番組欄を見て、納得。
すぐに続きが気になり、早速ネットの動画配信サービスを利用して視聴。
なるほど確かに面白い。
物語の内容は、人知れず世の中にはびこる「魔女」を退治する少女達の話。
どんな願いごとでも一つだけかなえることができる魔法少女の契約。
その代わりに一度契約したら、命がけで闘い続けなければならない宿命を背負うことに。
かなえたい願いと受けるべき報い。苦悩と葛藤。
躊躇していた絵や声も慣れてしまうと全く気にならず、ひたすらどシリアスな内容にぐいぐい引きつけられ、目が離せない状態に。
物語の中盤まで見た時点で流石に反省。
これはくだんの友人にも謝らなければならぬ。
ふふん、貴様の言う通り確かに十分見る価値のある作品であったな。
物事、パッケージだけで判断するなど真に愚の骨頂であった、と。
この時点ではまだ高をくくっていました。
ところが終盤、予想外の展開に涙腺が大崩壊!
というのもこの作品、キーマンとして黒髪の「謎の美少女」が登場するのですが、彼女の、終盤になって露呈されるその『途方もない熱量』に心がものすごく揺さぶられてしまったのです。
「謎の美少女」は創作において割とありふれたアイコンではあるのですが、予想を超えた凄まじい情緒に思わず涙がボロボロとこぼれ落ちて止まらない状態に。
さらにその感動を保持したままラストに向かって一気に畳み掛けてゆく展開も素晴らしく、あれ?涙の量って限度なかったっけ?貯水量とっくに超えてない?と身体の生理機能が心配になってしまうほどの、滝のような落涙!
『友情』は私自身も小説のテーマとしており大好物ではあるのですが、しかしここまで高純度に圧縮された想いを描いた作品はこれまで出会った事がありません。
完全に打ちのめされてしまいました。
全編視聴後、しばし放心。
そして二周目になると、どうも涙腺の機能が完全に故障してしまったようで、その美少女が登場するたびにうるうるきてしまう始末。
もはやまともな精神状態で鑑賞する事が不可能な状態となってしまいました。
歳とともに涙もろくなってきているせいもあるかもしれませんし、ちょうど同じ年頃の子を持つ親の心境のせいもあるかもしれませんが、しかしまさか自分がアニメでここまで号泣してしまうとは思いもしませんでした。
紛れもなく傑作!
「見た目」だけで敬遠していた自分が今となっては情けない。
是非、映画小説漫画といった創作好きの方はもちろん、普段アニメを見ない人、アニメが嫌いだという人にも見てほしい作品です。
私もそうでしたが、「外見」だけで判断し、素通りをするのはあまりにも大きな損失。
「アニメ」に対する価値観が大きく変化する契機となるかも知れません。
「魔法少女まどか☆マギカ」が初回放送されたのは2011年。
未だに数々のメディアに取り上げられており、人気は衰えてはいないようです。
近々、アナザーストーリー(外伝)の放送も予定されているとのこと。
これからも「魔法少女まどか☆マギカ」の広がりが楽しみです。
…とはいうものの、やはり40過ぎのおっさんが夜な夜なアニメにむせび泣いている絵は、どう転んでも家族の理解を得られるとは思えず、今だにその興奮は胸の内にとどめるのみ。
これがなかなかのストレス。
一体どうしたものだろうか…。
コメントを残す